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東京高等裁判所 昭和35年(う)476号 判決 1960年6月07日

被告人 郷右近実

主文

原判決中判示第二ないし第四の事実に関する分を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中百二十日を右刑に算入する。

本件公訴事実中、被告人が他人と共謀のうえ六回にわたり東京都内において他人の金品を窃取した等(原判示第二の(六)ないし(八)および第三に照応する)の点については、被告人は無罪。

原判決中判示第一の事実に対する控訴はこれを棄却する。

理由

所論は、まず、原判決には事実の誤認があると言い、原判決中判示第二の(六)ないし(八)および第三の各事実は無根であると主張し、この点について被告人は、「自分は原審公判で自白したけれども、それは、別の事実で起訴されてから引き続いて長期にわたり勾留されている間に、警察で余罪の取調を受け、ついに自分の関係しない犯罪の被害届に基き虚偽の自白を余儀なくされ、否認すると裁判が長引くと警察で言われたため、その後公判までこれを維持したに過ぎない。しかし考えてみると、他人の犯した犯罪のため刑に服することは堪えられないので、控訴した。」というのである。

ところで、記録によれば、被告人は、最初昭和三四年四月一六日原判示第二の(一)の事実について起訴され、勾留中警察で余罪の捜査が続けられ、同年五月一六日原判示第二の(二)および(三)の事実につき、同年七月七日原判示第一、第二の(四)および第四の事実につき、同年七月二四日原判示第二の(五)の事実につき、順次追起訴を受け、最後に同年一〇月一五日所論が争う原判示第二の(六)ないし(八)および第三の事実につき追起訴となり、右起訴事実全部について一括審理を受け、これに対し被告人は事実全部を自認し、裁判所は被害届等を取調べたうえ、一回の審理をもつて終結したのであるから、このような状況の下において、原審が起訴事実全部について有罪の判決をしたとしても、それは一応当然のことと言わなければならない。また、さらに記録について仔細に検討しても、被告人は前にも窃盗ならびに横領の罪を犯し、二回懲役刑の執行猶予の裁判を受け、その各猶予期間中、郷里その他で原判示第四、第二の(一)ないし(三)および(五)の各罪を犯して昭和三四年二月下旬ごろ上京し、その後同年四月上旬上野警察署に逮捕されついで起訴されるまで、東京都内において職なく住居も定らず簡易旅館に宿泊するような生活を送つていたのであるから、被告人には、本人が都内において犯した犯罪として現在も自認している原判示第二の(四)の罪のほかその他にもなお相当余罪があるのではないかと疑われるのも無理からぬことであり、結局被告人が原判示第二の(六)ないし(八)および第三の罪をも犯したと自白したとしても、ともかく不思議には感じられないのである。

しかし、所論が虚偽の自白と主張する右原判示第二の(六)ないし(八)および第三の罪について、自白の内容を見ると、いずれも共犯者があつて被告人はただ見張りをしただけということで、共犯者が一人も検挙されないため、窃取の方法も賍品の処分についても事実の詳細は一切不明であり、被告人の申立てた共犯者の一人田中某は警察で取り調べた結果事件に無関係と判るしまた被告人の警察での自供と検察官に対する自供とでは、共犯者の名もくいちがつているばかりでなく、原審に証拠として提出された上野警察署勤務高橋仁一郎同千葉力両刑事の共同捜査報告書によれば、右自白にかかる犯罪については、被告人の自供に基きいわゆる引当り捜査の結果、被害事実が判明したというのであるが、この点について当審において同刑事らを証人として取り調べたところによれば、高橋証人はそのうち原判示第二の(七)の(2)の田中某と共謀のうえ早川方で現金を窃取したとの一件は、被告人の自供に基き引当り捜査の結果被害事実が判明したのであるが、他はすべて所轄警察署から被害届の内容を知らされてから被告人の自供を得たもののように述べるに対し、千葉証人は、早川方以外の件もいずれも被告人の自供がまずあり、その後被害届と照合し、引当り捜査をしたものであると述べ、また、早川方の事件についての被告人の自供を得た経過については、高橋証人は、千葉刑事が知つていると言い、千葉証人は、高橋刑事から引継ぎがあつた当時までに自供がなされていたかのように述べ、両者の供述はあいまいで必ずしも一致せず、以上の争点事実について、果して真実被告人の自供を得た後被害事実を知つたものかどうかの点について、若干不審が残らないわけにいかないので、自白の内容がすでに述べたようなものであること、ならびに五ヶ月以上の長期勾留の後に得た自白であることなどを考慮に入れると、所論が争う原判示の各罪については、たとえ原審で一応自白があつたとしても、所論のようにこれを争う以上、たやすく有罪の言渡をすることを躊躇せざるを得ないのである。よつてこの意味において、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があることになり、この点に関し原判決は破棄を免れない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 兼平慶之助 足立進 関谷六郎)

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